磯子旧道と岡村ブドウ園

By , 2011年12月14日 8:59 PM

 磯子旧道は、国道16号線の浜交差点から、16号線を離れて岡村の笹掘まで続く山側の道です。大正3年に国道16号線が開通した当時、磯子旧道は後にプリンスホテルが建つことになる山で行き止まりになっていたようです。その後、その山を切り開いて、昭和4年に岡村の笹掘まで繋がったそうです。この磯子旧道の延伸部分を「岡村道」とも呼ぶようですが、呼び名の定義は明確ではありません。

 このような大昔の話は検証できませんが、その後の昭和30年代には「磯子の山歩き」に記載したように、実際に自分でこの辺りを歩いていますので、その頃の記憶と、現在と比較した写真を載せたいと思います。以下に掲載する写真は磯子区役所発行の「浜・海・道(昭和63年発行)」から引用させていただいたものと、度々本ブログに登場していただいているSATURNO IOMさんから提供していただいたものです。
 
 
 

 上の写真は磯子旧道の途中にある、「広町バス停」の1963年当時と現在の様子とを写したものです。左の写真の電柱の位置からすると、現在のバス停は多少磯子寄りに移動しているようです。後ろに続く山は、当時まだ未開?で、磯子台などの住宅地が出現するのは暫く後のことになります。
 

 上の左側の写真は、上記の「広町バス停」近くから笹掘方面を見た写真です。右側の現在の様子と比べると、同じ場所を撮ったものとは思えません。もの凄い勢いで山が切り開かれ、住宅地に変貌して行ったのが良く分かります。それにしても、電柱の位置が変わっていないのは驚くべきことです。土地開発計画が、緻密に練られていたことの良い証拠だと思います。
 

 この写真は、上述のものとは反対に、「広町バス停」近くから汐見台方面を見たものです。昭和10年頃の地図と現在の地図を照らし合わすと、昔、主要な山道だった道が、現在の住宅街の中心的な道路になっています。これにより、小さな頃に両親と歩いた山道は、現在のこの辺りだっただろうと見当をつけることができます。そんなことを考えながら地図を辿っていると、忘れかけていた記憶が蘇るような気がします。
 

 この写真は、「広町バス停」の辺りから、もう少し汐見台寄りに行った場所で写したものです。左側の写真は、現在の汐見台中学の前辺りで撮影したものではないかと思います。汐見台に続く歩道は綺麗に整備され、ここに至るまでの途中の道路とは、全く違う道に見えます。この写真の1963年当時は、このようなコンクリート製の団地やマンションのはしりのような建物は珍しく、子供の目には「高級」な住宅地と写っていました。汐見台には、公団と分譲と社宅と、夫々目的の違った建物が混在していたのですが、全く新しく開発された土地に新築の建物が林立したのですから、やはり新鮮な驚きがあったと思います。

 汐見台の開発は、1963年の初入居後も継続されました。私の中学時代の友人が岡村の仲久保に住んでいましたが、1966年頃に何回か遊びに行った時も、汐見台開発のためのダンプカーが往来していたことを憶えています。ちなみに友人の家は、現在の岡村郵便局の向いのあたりで「お菓子屋さん」を営んでいました。
 

 上の2枚の写真は「浜・海・道」から引用させていただいたものです。時は1955年とのことですので、55年以上前のものです。写真の場所は、上述の磯子旧道のブドウ園近くから笹掘方面を写したものです。背後の山の形が、上述の写真とそっくりですので、そう判断することができます。私が両親に連れられ磯子の山歩きをしていたのが1959~1960年頃でしたので、その5年ほど前の写真と言うことになります。私の記憶では、当時の道路はもう少し整備されていたように思うのですが、風の強い日はかなり土埃が舞っていましたので、この写真と大同小異だったのかもしれません。上述の1963年の写真と比べると隔世の感がありますが、何故かものすごく懐かしい感じがします。

 右の写真の岡村ブドウ園の看板は、どこに建っていたものか分かりませんが、「中久保・磯子海岸」の記述があります。それを見ると、昔はこんなだったんだなぁと実感できます。そのブドウ園は、左側の写真の右手の斜面に位置していたそうです。50年以上前のこととなると、例え自分で体験したとは言え、殆ど憶えていないと言った方が正しいと思います。そう考えると、写真の存在は実に偉大だなと感じます。現在の地図に照らし合わすと、岡村ブドウ園の位置は冒頭の地図に記した辺りになると思います。このブログにコメントをいただいた、「くりさん」のお兄さんの、ご友人の家が「岡村ブドウ園」を経営されていたそうです。
 
 左の写真は1963年当時の岡村ブドウ園の様子です。ブドウの生る季節には、ベンチに腰掛けてブドウを食べることができました。両親に連れられて磯子の山を散々歩き回った後、ブドウ園にたどり着いた時は、「ああ、家に帰れる」と思ったものでした。その思いが強かったせいか、ブドウ園から間坂近辺まではそれ程距離があるように思いませんでしたが、実際は結構な距離があったわけです。子供心には、ブドウ園から山を下るとプリンスホテルまでは直ぐだったように記憶していたのですが、実際はそうではありませんでした。

 間坂に出るのにバスに乗った記憶がありませんので、笹掘近くのブドウ園から、間坂まで歩いたことになります。昔は歩くのが当たり前だったとは言え、山歩きの後で、更に結構な距離を歩いていたわけですからびっくりします。上の岡村ブドウ園の看板にも「磯子海岸 徒歩廿分」とありますから、20分程度歩く距離だったわけです。今の時代、特別な用事がない限り、笹掘近くから間坂まで歩こうとする人はまずいない筈です。これも、古き良き時代の思い出と言うことなのかもしれません。

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