Category: 昔の江の島

続 50年前の江の島

By , 2011年9月24日 9:38 PM

 古い写真を整理していたら、またまた江の島の写真が出て来たので、前回の続きを書きたいと思います。左の写真は、1960年3月に江の島に行った時のものですが、海側から江の島マリンランドを撮影した写真です。向って右側の白い建物がマリンランドですが、左側の大きな建物は何なのか不明です。

 この頃は、児童海水プールがあった筈ですので、その建物かもしれませんが、およそプールらしい建物ではありません。
後年(1964年)になって、江の島海獣動物園ができるのですが、この写真の頃は当然ながら無いわけで、この建物は何?と言う疑問が頭の中で渦を巻いています。@@@@@
 

 それに輪を掛けて不思議な写真がこれです。
上の写真は、1962年3月に江の島に行った時のものですが、左側の写真の題名が「江の島遊園地」となっています。遊園地って、江の島の何処にあったんだろう?と新たな「@」が増えました。
 弟が「チンチン電車」のようなものに乗っているのですが、江の島の中にあった筈もないので、江の島水族館か江の島マリンランドのどちらかにあったのではないかと思います。

 右側の写真は「妙音弁財天賛歌の碑 沼田頼輔博士」と書かれているのが読めますが、この碑は今もあるのでしょうか。江の島に関する他の方の力作WEBページを見ても、この碑のことが書かれているのを発見できなかったので、ひょっとしたらもう無いのかなと思っています。

 実のところ、この写真で気になったのは、この碑のことではなく一緒に写っている可愛い女の子のことです。どこの誰さんなのか全く思い出せないのですが、こんな妹が居たら良かったのになと、今更ながら思います。子供の頃は、兄弟の多い少ないなんて考えたこともありませんでしたが、こんな可愛いらしい妹が居て、兄弟が5人くらいいれば、きっと毎日毎日楽しかっただろうなと思うのです。子供が5人も居たら親は大変ですが、子供にとっては沢山の思い出を作れるのではないかと思います。やはり、子供は多い方が良いです。皆さん、頑張りましょう???
 

 上の左側の写真は、前回も掲載した写真です。右側の写真は、このブログにコメントをいただき、その後、貴重な写真や資料を提供していただいている SATURNO IOMさん から、今年(2011年)のお正月に江の島に参詣した時の写真をお送りいただいたものです。両方の写真を見比べると、やはりこの50年間で、かなりの移り変りがあったことが良く分かります。しかし、なにはともあれ、未来永劫この景色が変わらないことを願って止みません。

 私は、前のブログにも記したように、自分の住んでいた地域の海が埋め立てられたことを経験しています。埋め立てた場所に誘致した企業が、近い将来、撤退する予定であると言う記事が、昨年、新聞に載りました。この埋め立ては、地元から強固な反対があったにも関わらず、市議会が無理やり推進したのですが、たった50年ほどで誘致した企業は去り、跡地の利用をどうするか、そのために税金がどれだけ必要になるかと言う問題が持ちあがる可能性があります。

 昨今では、諫早湾の干拓事業のことが大きな問題となり、水門を開門することの検証をどのように行うか揉めているようですが、全く馬鹿馬鹿しい話です。一度破壊してしまった自然は元には戻らないし、違う環境に順応した人間も、簡単に元には戻れません。環境問題への取り組みでは、世界的に評価が高い日本ですが、まだまだ、くすぶり続けている環境破壊事業が多々あります。決まったことだから推進するではなく、今一度立ち止まって、再度検証するという余裕を、政治家には持ってもらいたいものです。
 
 左の写真は、同じく SATURNO IOMさん から送っていただいたものですが、 日本の夜景は、何でこんなに懐かしくて美しいのだろうと改めて思います。今も時々、生まれ育った場所の海が、昔のままの姿で残っていたら、どんなに素晴らしいだろうと思うことがあります。今となっては、昔を懐かしみ、そして自分が成長してきた様子を記録することくらいしかできませんが、それはそれで大切なことだと考えています。自分の家系のことや子供時代のことを、自分の子供に伝えることで、子供は自分のルーツを認識できるようになります。

 そのような意図もあるのではないかと思いますが、 SATURNO IOMさん とご友人の kouさん が、生まれ育った磯子の昔の姿を掘り起こして、資料化しようとしておられます。私が忘れていたことや、知らなかったことも、お二人の集められた写真や資料で、思い出したり勉強させてもらったりしています。最終的に、どのような形にまとまるのか楽しみです。

2016年3月17日追記
冒頭の「江の島遊園地」ですが、「江の島植物園」の中に小さな遊園地があったそうです。
微かにではありますが、植物園に行ったような記憶が有りますので、多分、その中にあった遊園地だったのではないかと思います。江の島には、近い内に行きたいなと思いつつ、もう5年近く過ぎてしまいました。

50年前の江の島

By , 2011年8月31日 6:06 PM

 左の写真は、1960年3月に、家族で江の島に行った時のものです。50年以上も前(半世紀前と言うことですね!やれやれ・・・)の写真ですから、さすがに現在の様子とは異なっています。
 灯台は旧灯台ですし、江の島入口周辺の建物も、現在では全て建て替えられています。江の島の歴史や片瀬海岸については、他の多くのサイトで詳しい紹介がされていますのでここには書きません。
昔はこんな感じだったのか程度にご覧いただければと思います。
 
 
 
 右の写真は、同じ日に訪れた江の島マリンランドで撮ったものです。この写真は海側から撮影したものですが、マリンランドの向こう側には旅館のような建物が写っています。マリンランドとこの建物との間には、海岸線沿いの道路がある筈なのですが、昔はこんなに海岸線に近いところに建物があったのですね。当然、海岸線沿いの道路は狭かったと思われますが、果たしてどんなだったのでしょう。例によって、はっきりとした記憶がありません。

 現在は、海岸線沿いの道が拡張され、これほど海岸線に近いところに建物はありません。自分でオートバイや自動車を運転するようになってからは毎週のように江の島近辺を走っていましたが、周囲の景色は現在とそれほど大きな違いはなかったように思います。恐らく、1960年中頃から1970年頃に掛けて、江の島周辺は大きく変わったのではないでしょうか。当時の写真でもあれば、現在との違いが良く分かるのですが・・・。
 
 左の写真は、1962年3月に江の島に行った時のものです。頂上に向かう坂の途中で撮影したものだと思いますが、自動車専用の「江の島大橋」の工事が行われています。江の島大橋の開通はこの年でしたから、正に急ピッチで工事が進んでいた頃だと思います。

 今でも時々、子供の頃に見た、江の島の坂の途中にお店が並んでいる風景が夢に出てきます。自分で何処にでも出掛けられるようになってから、暇さえあればあちらこちらと旅行しましたが、私の知る限り、江の島のような風景はここにしかありません。夢の中では、ジブリの「千と千尋」に出て来るような情景を見ているのですが、目が覚めて思い返すと、それは江の島の風景なのです。長じてからも、何回か江の島には行っているのですが、夢に出て来るのは、もっと昔の小さな頃に見た景色です。
 
 とは言え、もう40年近く江の島には行っていませんので、坂の途中の様子も変わっていることと思います。
 行こうと思えばいつでも行けた筈なのですが、なぜか江の島には足が向きませんでした。私にとって江の島は、上に記した夢の話のように、単なる観光地ではなく、一種独特の雰囲気を感じる場所なのです。子供の頃に感じた何かを、今も深層心理として持ち続けているのかも知れませんね。

 鳥居をくぐってあの坂を登ることを考えると、今のこの体調で大丈夫か気にはなりますが、近い内に、久し振りに行ってみようかと思っています。

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